全国ケンコミ建築設計研究所
建築の基本要素の概念
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アントニ・ガウディ Antoni Gaudí i Cornet
ガウディは銅細工職人という家系に生まれたことが、空間を把握するという、自らの建築家としての素地となったと考えていた。1873年から1877年の間、ガウディはバルセロナで建築を学んだ。歴史や経済、美学、哲学などにも関心を示したほか、ヴィオレ・ル・デュクの建築事典を友人から借りて熱心に読んでいたとも伝えられる。また、学業と並行していくつかの建築設計事務所で働き、バルセロナのシウタデラ公園の装飾やモンセラートの修道院の装飾にもかかわった。スペインの建築家となり、19世紀から20世紀にかけてのモデルニスモ(アール・ヌーヴォー)期のバルセロナを中心に活動した。サグラダ・ファミリア(聖家族教会)・グエル公園(1900 - 1914年)・カサ・ミラ(1906 - 1910年)をはじめとしたその作品はアントニオ・ガウディの作品群として1984年ユネスコの世界遺産に登録されている。
彼の建築スタイルの特徴は、自然や動植物をモチーフとした自由で独創的な造形と、色鮮やかで芸術的な装飾にあります。そんなユニークで幻想的な世界観を持つガウディの建築は、一度見たら忘れられないインパクトを放ちます。自然力学に則ったシンプルで合理的な構造は、その後の多くの建築家たちに影響を与えてきました。ガウディの残した作品は時代を超えて世界中の人々に愛され、1984年にはその作品群がユネスコ世界文化遺産に登録されています。
【建築の特徴】
彼の建築は曲線と細部の装飾を多用した、生物的な建築を得意とし、その独創的なデザインは多くの建築家や芸術家に影響を与えた。その設計手法は独自の構造力学的合理性と物語性に満ちた装飾の二つの側面より成立する。装飾は形式的なものに留まらず、植物・動物・怪物・人間などをリアルに表現した。「美しい形は構造的に安定している。構造は自然から学ばなければならない」と、ガウディは自然の中に最高の形があると信じていた。その背景には幼い頃、バルセロナ郊外の村で過ごし、道端の草花や小さな生き物たちと触れ合った体験から来ている。
ガウディは、設計段階で模型を重要視し、設計図をあまり描かなかった。設計図は役所に届ける必要最小限のものを描いたのみである。彼の模型や設計図といった資料はスペイン内戦で多くが焼失したが、焼失を免れた数少ない資料を手がかりに、現在のサグラダ・ファミリアの工事は進められている。
【サグラダ・ファミリア 1883】
ガウディの偉業の中でで最も有名だと言えるのが、スペインのバルセロナにあるカトリック教会のバシリカのサグラダ・ファミリア大聖堂。ガウディはこの教会の設計において斬新で革新的なアイデアを次々と盛り込み、その完成にはなんと300年もの年月がかかると想定された。資金不足や、ガウディの親族や友人の死によって工事は何度も中断しましたが、ガウディはその度に建築計画や設計を見直し、徹底的にその完成度を追究した。
ガウディが31歳で引き受けたサグラダ・ファミリアの建設はいつしか彼の人生そのものとなり、晩年は教会内に住みついて建築に没頭しました。しかし、ガウディは1926年に路面電車にはねられて73歳で命を落とします。サグラダ・ファミリアはガウディの意思を継ぎ、残された数少ない資料をもとに、現在もなお建築家たちによって建設が続けられています。
現在ではコンピュータのない時代には模造実験のための模型も手作業で作らなくてはなりませんでしたが、今は3Dプリンターやコンピュータによる設計技術も進んでいるため、進捗はかなりスムーズになっています。サグラダ・ファミリアの完成は実に300年以上を要するとも言われていました。しかし、半分の工期の着工から150年で完成する予定であることが発表された。2026年完成予定と発表された完成予想図の動画は我々の想像をはるかに上回るもので、世界中からどよめきの声が上がりました。
カサ(Casa)とはスペイン語で家を意味するので、日本語では「ビセンスの家」とか「ビセンス邸」になります。カサ・ビセンスはスペインのバルセロナにある、アントニ・ガウディがガウディが一人前の建築家となって初めて手掛けた重要な建築物。レンガやタイル工場の社長であったマヌエル・ビセンスとその家族の住居として建設されレンガと多彩タイルからなる美しい造形で知られています。白と緑のセラミックタイルによってチェス盤のように配置され、花のモチーフのタイルと組み合わせられたモジュレーションによって特徴付けられ、その全体は直線的建築と定義されています。下部ではこれら装飾要素が水平のラインを構成し上部ではファザードの平面上に突き出た小さな柱の上に垂直に配置されており、高さがデマテリアライズされたような構図を作り出しています。このデマテリアライズ化はファザードの角に位置する塔によって強調され、様々なレベルで回転され、ムーブメント効果が出ています。
内部空間は、特にノブレスなスペースやエキゾチックな喫煙サロンなどにおいて若き建築家の才能の印が表れています。敷地の大きさで建築の場所と方向が決まりました。ガウディは隣接する建物の隔壁にくっつけるように土地の北東部に住居を位置させ、そうすることによって庭と家の内部の雰囲気をフレッシュなものになる滝を囲むアーチのある庭をつくるのに十分なスペースを確保しました。マヌエル・ビセンスは1895年に死去、1899年にはアントニオ・ジョベル医師の手に渡った。改修および増築を経て、1969年にスペインの歴史芸術モニュメントに認定された。2005年にはユネスコの世界遺産に登録された。このガウディの初期作品の外観はムデハル様式の影響を受けている。
【カサ・ボティネス 1891】
カサ(Casa)とはスペイン語で家を意味するので、日本語では「ボティネスの家」とか「ボティネス邸」になります。スペインにあるモデルニスモの建築物。アントニ・ガウディの設計によって1891年から1892年に建設された。地方の貯蓄銀行であるカハ・エスパーニャの本店として使用されている。
ガウディはカサ・ボティネスでレオンへの敬意を表したいと考えた。そのため、彼は建物の設計に中世の雰囲気と数多くのネオゴシック様式の特徴を持たせた。その建物は4つのフロアと地階、屋根裏部屋から構成されている。また、建物の角には塔が設置され、ネオゴシック感を増している。 地階の換気と照明のため、2つのファサードの周りに堀を作った。この構想はバルセロナのサグラダ・ファミリアでも繰り返された。ガウディは、所有者の住居を2階に置いた。それらは建物の横と裏にあるファサードの独立したドアによってアクセスされる。3-4階には賃貸物件があり、1階には会社のオフィスがある。 建物の主要な入り口には、会社の名前を付けた錬鉄製の碑文と、ドラゴンを倒している聖ジョージの石造りの彫像が並んでいる。 1950年に建物が修復されている時、作業者は、彫刻の下にガウディが署名した元の計画と、その時代の新聞の切り抜きを含む鉛の管を発見した。1階では、ガウディはフレーム構造の鋳鉄製の柱を初めて使用した。これは耐力壁を必要とせず、より開放的な計画を可能とした。ガウディの以前のプロジェクトとは異なり、カサ・デ・ロス・ボティネスのファサードには構造的な役割がある。傾斜した屋根の上では、鉄製のつなぎ梁によって支持された6つの天窓が屋根裏部屋を照らし、換気する。その構造は複雑な木製の枠で支持されている。
【コロニア・グエル教会地下聖堂 1898】
スペインに建てられた教会である。「コロニー(=コロニア)」は「共同体」「植民国家」を意味する言葉で、グエルは労働者の共同体が暮らせるような広域な土地に、その工場で働く労働者たちが職場近くに住めるように、敷地内に住居や学校、病院なども作られた。この団地に礼拝用のコロニア・グエル教会堂が建てられた。2005年にはユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録された。1914年、ガウディはサクラダ・ファミリア聖堂に専念するため、建設から退き助手たちに任せた。1915年、半地階部が落成し、教会堂として利用された。それから仮設の屋根などがつけられたが、1916年に建設は完全に中断した。1955年から教区教会堂となった。今でも上層は未完成である。半地階部と上層の教会堂との2層構成である。上部が完成してなかったため、教会堂に転用されていた。全面的にクーポラ天井が採用され、外郭の等は約40mの高さである。地下聖堂の内部は卵型の平面をしており、その中央に四本の玄武岩の柱があり、弓型アーチによって結ばれている。この中央の構造からヴォールトを支えるリブが延び、中央を取り組む列柱へと、更に周壁へと内側から外側へと力が伝えられていく。壁には大窓があり花びらの形をした枠の中に黄、青、緑及びバラ色のステンドグラスがはめ込まれている。それらから漏れた光により優しい空間が演出される。傾斜した柱や壁、荒削りの石、更に光と影の目くるめく色彩が作り出す洞窟の様な空間になっている。この柱と壁の傾斜を設計するのに数字や方程式を一切使わず、ガウディは10年の歳月をかけて実験をした。その実験装置が「逆さ吊り模型」で紐と重りだけとなっている。網状の糸に重りを数個取り付け、その網の描く形態を上下反転したものが、垂直加重に対する自然で丈夫な構造形態だとガウディは考えた。建設中に建物が崩れるのではないかと疑う職人達に対して、自ら足場を取り除き、構造の安全を証明した(これは力学的に全くの正解であった。まさしく力学的に安定である為、今日広く使われているカテナリー曲線そのものである)。
ガウディがこの教会の第一段階で何度も繰り返し使用した多くの多様な材料の種類と出所について注目すると興味深いです。玄武岩と石灰岩、様々なレンガ、製錬スラグ、セラミックス、ガラス、鍛鉄など、テクスチャと色を組み合わせて建物と周囲の巧みな統合を実現します。内部空間も礼拝堂外部も素晴らしい建築クオリティーを誇ります。ガウディは、建築と応用芸術の間の崇高で不可分な調和を控え目かつ感情的に表現した遺跡建築の宣言を私たちに示しているのです。 神聖な場所を思い起こす雰囲気が巧みに作りだされたユニークな空間、紛れもない本物の作品、アントニ・ガウディの最高の作品の一つです。礼拝用の椅子はガウディ設計なので特徴的な形をしている。設計当時、材料は安価なレンガで設計しようとしていたが、塔を支える柱は相当な荷重がかかるので硬質の玄武岩が使用された。階高が取れないところでは、鉄骨梁が使われた。
スペインのバルセロナにある公園で、バルセロナの街が一望できる。1984年にユネスコの世界遺産に登録された。当初の目的は、バルセロナに、英国モデル「ガーデンシティ」に触発された新たな住宅地を建設することでした。バルセロナのブルジョア階級家族用の家を60区画売却するプロジェクトでした。その目的は実現しなかった。
タウン全体の土地は広大なだけでなく急激な斜面にあり、ニュータウンへの入口は複数設けることが必要でした。この正門には、2軒の魅力的な門衛所と大階段を造りました。装飾にあふれた庭園状の大階段は大きなポルチコ(多柱式建築のホール)につながります。このホールでは、市場が開催されるように設計されていました。
ホールの屋根の上は、バルセロナ市を見渡せる展望広場となっており、セラミックのトレンカディスで装飾された組み立て式コンクリート製の波打つベンチに囲まれています。ここは円形劇場になり、観劇を楽しむことができる予定でした。
常に原則に忠実であったガウディは、それぞれの場所の特徴を魅力的な方法で利用しています。 勾配のある山の地形を慎重に研究し、それぞれの家に便利なように道や橋の経路を考案し、それに合わせた掘削等は影響を最小限に抑え、景観に適応した最適な方法で開発を進めることに成功しました。自然との共存を深く理解する優れた建築家であったガウディは、タウン住民の将来的なニーズを予測し、正面ホールの下に貯水槽を築き、タウンの植物を維持するための雨水を集められるようにしました。雨水は、新ドーリア様式の大きな柱の中を通る独創的な排水システムによって貯水槽に貯められます。 柱頭は、トレンカディスで飾られたアーチ形天井を形作るコンクリートブロックを支えています。
カサ(Casa)とはスペイン語で家を意味するので、日本語では「バトリョの家」とか「バトリョ邸」になります。スペイン、バルセロナにあるアントニ・ガウディが手がけた建築物の1つ。2005年にユネスコの世界遺産に登録された。
大繊維業者ジュゼップ・バッリョ・イ・カザノバスの依頼を受け、ガウディはこの邸宅の改築を行った。この改築でガウディは、建物に5階と地下室を加え、玄関広間を広げ、階段や内壁を作り直し、各部屋に曲線的なデザインを持ち込んで、タイルやステンドグラスの装飾を施した。外観を飾る破砕タイルやガラスは、地元の会社から譲り受けた廃棄物を使用。この邸宅の造形には様々な説がある。第一に、屋根の一部が丸く盛り上がり、まるでドラゴンの背中のように見えることから、カタルーニャの守護聖人であるサン・ジョルディの竜退治の伝説をなぞっているという解釈である。この解釈によれば塔は聖人の構える槍とされる。カサ・バトリョには、ファサードの石柱が骨を想起させることから「骨の家」というあだ名もあるが、竜退治説によればこの骨もドラゴンの犠牲になったものたちの骨と理解されている。
第二の解釈は屋根をアルルカンの帽子に見立て、ファサードのバルコニーは仮面を、ジュゼップ・マリア・ジュジョールによる様々な色の破砕タイルのモザイク(トランカディス)が祭りの紙吹雪を表しているとする謝肉祭説である。邸内でガウディは自然光を効果的に取り込み、そのタイルの濃淡を変えている。これらの光と色の効果により海底洞窟をイメージして作られたとする説もある。ガウディがカサ・バトリョのためにデザインした家具のうち、机とベンチについてはそれぞれ1つずつ邸内で見ることができる。残りの作品はカタルーニャ美術館が所蔵している。
カサ(Casa)とはスペイン語で家を意味するので、日本語では「ミラの家」とか「ミラ邸」になります。スペイン、バルセロナにあるアントニ・ガウディが手がけた建築物の1つ。2005年にユネスコの世界遺産に登録された。
カサ・ミラは直線部分をまったくもたない建造物になっていて、壮麗で非常に印象的な建物である。あたかも砂丘か溶岩の波のような雰囲気をもっており、一般的な現代建築の様式とは、隔絶した建築となっている。外観の波打つ曲線は地中海をイメージして作られた。一つ一つ異なるバルコニーは、鉄という素材を使いながら、柔らかな造形を生み出している。内側は天井も壁もどこもかしこも波打ち、まるで海底にいるような奥深さに包まれる。屋上には、独特の加工をされた煙突や階段室が立ち並び、月面か夢の中の風景にもたとえられる。
この建築物は通常の建築物というよりむしろ彫刻であると見做すことができる。実用性に欠けるという批判もあるが、圧倒的な芸術性を持つことは否定できない。皮肉にも建設当時のバルセロナ市民はカサ・ミラを醜悪な建物と考え、「石切場(ラ・ペドレラ)」というニックネームをつけたが、今日ではバルセロナを代表する歴史的建造物となっている。
現在内部はガウディ建築に関する博物館になっている。2009年1月現在、9.5ユーロを支払うことで内部の住居部分や屋上も見学することができる。カサ・ミラの屋根裏構造はたくさんのレンガで支えられている。中央部に2か所空いている穴は地上階の中庭から続き、この大きな建物のすべての部屋に自然光を取り込めるようにとガウディが特にこだわって設計したものです。